大阪地方裁判所 平成3年(ワ)5610号 判決 1993年6月22日
原告
川田こと鄭浩司
被告
清水雅博
ほか一名
主文
一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは連帯して原告に対し、金三〇一〇万八八二四円及びこれに対する平成二年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告清水が被告山忠運輸株式会社(以下「被告会社」という。)の保有する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)を運転中、進路前方に停止していた原告の運転する普通乗用自動車に追突し、原告が負傷した事故について、原告が、被告清水に対して民法七〇九条に基づき、被告会社に対して自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償を請求したものである。
一 争いのない事実
1 交通事故の発生
日時 平成二年一月二二日午前七時四〇分ころ
場所 大阪府摂津市学園町一丁目七番先路上(中央環状線)
態様 被告が被告車を運転中、原告が運転する原告車に追突し、原告が負傷した。
2 車両の保有関係
被告会社は、被告車の保有者である。
3 損害の填捕
原告は、被告らから、本件事故に関し、五万円の支払を受けた。
二 争点
1 原告の損害額(入院雑費、休業損害、逸失利益、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、弁護士費用)(原告は、本件事故により、肝外傷等の傷害を受け、自賠法施行令一一級一一号相当の後遺障害が発生したと主張する。これに対して、被告らは、原告には肝外傷はなく、仮に肝外傷があるとしても、本件事故によるものではないので、本件事故による後遺障害は存在しないと主張するとともに、原告の主張する収入額を争う。)
2 損害の填補額(原告は、労働者災害補償保険からの保険金受領額が四二二万五三〇二円であると主張し、被告らは、四六八万八一五〇円であると主張する。)
第三争点に対する判断
一 証拠(甲三ないし三一、三九ないし四二、乙一ないし九、一〇の1、2、一一の1、2、一五、証人赤嶺敞之、同小竹森通明、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。
原告は、本件事故後、救急車で昭和外科病院に搬送された。右初診時において、原告には、頸部の変形はなかつたが、上肢左側に腱反射亢進、左前腕より遠位に知覚鈍麻、後頭神経部圧痛、頸部の運動可動制限があり、右病院の西本哲医師は、外傷性頸部症候群の病名で右初診日から約二週間の通院加療を要する見込みであると診断した。原告は、本件事故の翌日である平成二年一月二三日に富永脳神経外科病院に行き、頭部CT検査、レントゲン検査等の検査を受けた。その際、原告は、右病院のアンケート形式の質問票に対して、打撲等の部位として列記されているもののうち、「くび」「肩」に丸印をし、また、痛み等のある部位として列記されているもののうち、「腕」に丸印をし、その他の症状として列記されているもののうち、「吐き気がする」に丸印をしていた。しかし、原告は、打撲等の部位として列記されている「胸部」「腹部」「背部」等には丸印しておらず、痛み等のある部位として列記されている「胸部」「背部」等には丸印をしていなかつた。そして、富永脳神経外科病院の医師は、原告の傷病名を頭部外傷第Ⅰ型、外傷性頸部症候群、腰部捻挫と診断した。原告は、その後も、頭痛、吐き気が続いたため、同年一月二五日から同年二月二四日までの間、昭和外科病院に入院し、安静とリハビリによる治療を受けた。また、原告に対するGOT、GPT(アミノ酸代謝酵素)による肝機能検査結果では、本件事故から二日後の同年一月二四日はGOT二九(正常参考値が八から四〇)、GPT三六(正常参考値が五から三五)でほぼ正常であつたが、同年一月三一日にはGOT一〇九、GPT九五と上昇し、同年二月五日にもGOT一二〇、GPT九四であり、同年二月七日にはGOT七三、GPT七五とやや改善し、同年二月一四日にはGOT二八、GPT三四でほぼ正常の状態に戻り、同年二月一七日にはGOT二五、GPT三三であつた。このように、原告のGOT、GPT値が一時上昇したことから、西本医師は、同年二月七日に超音波診断による肝臓の検査を行つた結果、ほぼ正常であるとの所見を得た。同年二月七日から右退院日までの間における原告の症状は、左手のしびれ、頸部痛であり、腹部に関する症状はなく、その間、西本医師は、リハビリ治療をした。西本医師が右退院日の前日である同年二月二三日付で作成した診断書の病名は、外傷性頸部症候群、頭部外傷であつた。原告が昭和外科病院で治療を受けていた際の主治医は、西本医師である。昭和外科病院の小竹森通明医師は、原告に肝炎の既往歴がなく、本件事故後にGOT、GPT値が上昇したことから、腹部打撲肝障害(外傷による)との傷病名を新に付加した平成二年三月三日付診断書を作成した。原告は、平成二年三月五日から同年一一月五日までの間、中山整形外科に通院(実日数六五日)して治療を受けた。右通院中、原告のGOT、GPT値は、同年三月五日がGOT六九、GPT九九、同年四月二二日がGOT九五、GPT一七〇、同年五月二三日がGOT九三、GPT二一〇、同年六月二二日がGOT八五、GPT一六七、同年七月二五日がGOT七〇、GPT一五三、同年八月二八日がGOT八八、GPT一八七、同年一〇月一六日がGOT八九、GPT一八八であつた。昭和外科病院の医師は、原告の外傷性頸部症候群、頭部外傷、肝損傷が、平成二年一一月五日に症状固定したとの後遺障害診断書を作成した。右症状固定日と診断された当時、原告には、頸部痛、全身倦怠感、悪心の自覚症状があつた。その後、原告の平成三年五月二三日におけるGOT、GPT値は、GOT一二〇、GPT二五六と相当上昇している。一般に、肝損傷は、上腹部、あるいは右季肋部の直接打撲によつて発生する。肝臓は、実質性臓器であるので、小さな傷害でも内出血が強く、全身状態が強くおかされ、激しい腹痛、局所的な筋緊張、血圧低下、頻脈、冷汗等が発生し、場合によつてはシヨツク状態に陥ることがある。
二 損害
1 入院雑費 四万三〇〇円(請求同額)
前記一で認定した原告の症状、治療経過からすると、本件事故と相当因果関係のある入院雑費は、四万三〇〇円(一日当たり一三〇〇円の三一日分)となる。
2 休業損害 九四万一一三六円(請求同額)
原告は、昭和三七年六月一九日生まれ(本件事故当時二七歳)で、父親の経営する土木、建築の基礎工事を業とする川田株式会社で昭和五七年ころから働いていた。そして、原告は、本件事故当時、工事現場で建設機械の運転、杭打作業、とび職をし、平成元年一〇月から同年一二月までの三か月間に一五一万二六〇〇円(一日当たり一万六八〇六円。年収六〇五万四〇〇円。円未満切り捨て、以下同じ。)の給与を支給されていた。原告は、本件事故当日から平成二年三月一八日まで(五六日間)休業し、その間、給与を支給されなかつた(甲三五、乙一三の2、一四の2、原告本人)。右事実に、前記一で認定した原告の症状、治療経過を併せ考慮すれば、本件事故による原告の休業損害は、九四万一一三六円(一日当たり一万六八〇六円の五六日分)となる。
3 逸失利益 八二万六一八二円(請求二六一四万二六九〇円)
前記一で認定したところによれば、原告には、本件事故当日の昭和外科病院における初診の際、上肢左側に腱反射亢進、左前腕より遠位に知覚鈍麻、後頭神経部圧痛、頸部の運動可動制限が認められたものの、腹部に異常は認められず、また、原告は、本件事故の翌日に受診した富永脳神経外科病院においても、首と肩を打撲し、吐き気と、腕に痛みがあると旨を訴えていただけで、腹部の異常を訴えていなかつたのであるから、本件事故によつて、肝臓に傷害を受けるほどの強い衝撃が原告の腹部に加わつたとは解されない。また、右認定事実によれば、本件事故の二日後に行われ肝機能検査の結果では、GOT、GPT値はいずれもほぼ正常であり、その後の前記入院期間中である本件事故の九日後から約一週間にわたつて、GOT、GPT値がいずれも相当上昇した状態が継続したものの、その間に腹痛等の肝外傷を疑わせる症状は全く現れておらず(吐き気は、外傷性頸部症候群による症状と解する。)、西本医師が超音波診断による肝臓の検査を行つた結果では、ほぼ正常であるとの所見が得られ、本件事故から二三日後の肝機能検査の結果では、GOT、GPT値がいずれもほぼ正常の状態に戻り、本件事故から三三日後に昭和外科病院を退院しているのであるから、GOT、GPT値の上昇が本件事故による肝外傷によつて発生したと解することは困難である。さらに、右認定事実によれば、本件事故によつて原告に肝外傷が発生したとの最初の診断は、昭和外科病院の小竹森医師が作成した平成二年三月三日付診断書によつてされているが、右病院における原告の主治医は、西本医師であつて、西本医師が、右診断書作成日以前に、原告に肝外傷があるとの見解を持っていたことを窺わせるカルテ上の記載は全くないうえ、小竹森医師が肝外傷と診断したのは、本件事故以前に原告に肝炎の既往歴がないことと、前記入院期間中にGOT、GPT値が上昇したことに基づく推測であつて、肝外傷自体を直接的に認識して診断したものではないのであるから、小竹森医師の右診断結果から原告に肝外傷があると判断することは相当でない。また、右認定事実によれば、原告が中山整形外科に通院中も、GOT、GPT値の上昇が認められ、中山整形外科の医師は、右上昇が肝損傷によるものである旨の診断をしているが、右診断結果は、小竹森医師の前記推測と同様のものであると解されるので、右診断結果から、肝外傷の存在を肯定することはできないというべきである。
したがつて、本件事故によつて原告に肝外傷が発生したとは解されないから、肝外傷を前提とする原告の逸失利益の主張は理由がない。そして、前記一で認定した症状固定日と診断された当時の原告の症状(頸部痛)からすると、五パーセントの労働能力を右症状固定日から三年間(中間利息の控除として新ホフマン係数二・七三一を適用)にわたつて喪失した範囲内で原告の逸失利益を肯定すべきである。そうすると、本件事故と相当因果関係のある逸失利益は、八二万六一八二円(前記年収六〇五万四〇〇円に前記新ホフマン係数と労働能力喪失率を適用)となる。
4 入通院慰謝料 六〇万円(請求一四〇万円)
前記一で認定した原告の症状、治療経過、本件事故状況、その他一切の事情を考慮すれば、入通院慰謝料としては、六〇万円が相当である。
5 後遺障害慰謝料 七五万円(請求三一六万円)
前記一で認定した原告の症状固定日当時の症状は、前記二3(逸失利益)の判示内容、その他一切の事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料としては七五万円が相当である。
三 ところで、原告が本件事故につき、労働者災害補償保険から四二二万五三〇二円の保険金と、被告から五万円(合計四二七万五三〇二円)をそれぞれ受領していることは、前記のとおり原告の自認するところであるが、原告の本件事故による損害は、三一五万七六一八円(前記二1ないし5の合計額)であるから、原告の損害は全額が填補されているといわなければならない。
したがつて、原告主張の弁護士費用(請求二七〇万円)を被告らに負担させるのは相当でない。
四 以上によれば、原告の被告らに対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
(裁判官 安原清蔵)